ササンマスターのひとりごと


by sasunsasun
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今日は妻の誕生日です


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2月28日
今日は妻の誕生日です。
誕生日だからと言って
特に何かをするわけではないのですが
お昼に少しお弁当を食べて気持ちお祝いをしました。

大阪は昔から喰い倒れといいますが
庶民的な味が身上、大阪に出向く時は
お世話になっているので、今日はみやびな
京都のお弁当を。

京都には京懐石の老舗がたくさんありますが
庶民の私には高級料亭はなかなかに縁遠いものです。
だから、雰囲気を味わえて楽しめるのがお弁当。

本当は六盛の手桶弁当などを用意したかったのですが
急場しのぎと言うことで下鴨茶寮のおべんとうを頂きました。

考えてみると、夫婦で自営ですと ちょっとした家事は
手伝うにしても、おおかたは妻におんぶに抱っこです。

家事をして子供の面倒をみて店では一日働く。
休みや自分の時間はほとんどありません。

文句一つ言わず、 一所懸命してくれている妻に
心から感謝です。

自分の夢だった店をするのも妻の協力が無ければ
とうていできたものではありませんでした。

本当にありがとう。

今度のお休みには、なにか美味しいものでも食べに
連れて行って上げようかなぁと思っています。
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by sasunsasun | 2008-02-28 17:26 | Comments(0)

「フルスイング」

高畠導宏と言う人をご存知だろうか。
私はこのドラマと出会うまでまったく
名前もお聞きしたことがなかった。

男の人は野球ファンの人が多いだろう。
野球に関わらず最近ではサッカーファンも
随分増えてきていると思う。

しかし、私は世間でいう野球もサッカーもまったく疎遠だった。
だから高畠 導宏(たかばたけ みちひろ)と聞いても
まったくわからずじまい。

NHK総合 土曜日 午後9時からの「フルスイング」
俳優の高橋克実(たかはしかつみ)さんが
主役を演じるドラマ、高畠さんの実話をもとに
作られたものだ。
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「教える」ことに人生の全てを捧げた一人の男がいた。
七つのプロ球団を渡り歩き、落合、イチロー、小久保、
田口を始め、30人以上のタイトルホルダーを育てた名伯楽は、
還暦間近で福岡の高校の教師になる。

高畠さんは30年のコーチ人生で培った優れたコーチング力で、
悩める思春期の子どもたちと現場の教師たちを大きく変えていく。
自ら、悩み、迷い、葛藤する姿をさらけ出す素敵さ。

高みから何かを教えるのではなく、「生きる力」を伝えようとする熱意。
「俺だけの先生」「私だけの先生」と子どもたちに思わせる
「好きにならずにいられない」教師の姿がそこにある。

わずか1年でがんに倒れ、志半ばで逝去した新米教師「高さん」と、
彼の思いを受け止め、成長していく子どもたちと教師たちの
感動の実話をドラマ化。

挫折を経験し、それを受け止め決してくさることなく自らを高めてきた人
最後まで諦めずに本気で取り組む姿勢、そこには高畠さんが言う
「気力」を感じずにはいられない。

門田隆将さんの「甲子園への遺言~高畠導宏の生涯」
を原案に作られたドラマ「フルスイング」

三振でもいい、自分の人生もフルスイングで生きてみたい
そう思わせる素敵な内容。

今日が最終回になりました、お時間が合いましたら
ぜひ一度ご覧になられてはいかがでしょうか。

教えられるところがたくさんある人間ドラマです。
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by sasunsasun | 2008-02-23 12:29 | Comments(0)

雪に思う人の恩


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先日は何十年かぶりに
交通機関に影響が出るほどの
雪が全国的に積もった。

奈良も例外ではなく、幹線道路が
通行止めになるほどの積雪は、
帰宅をも困難にしたほどだった。
その時、頂いた人の恩をふと思った。

その日は、昨晩からの雪が止まず
明けの日も雪が降リ続いていた。

朝はまだなんとか仕事に出かけることができる程度だったが、昼過ぎには唯一の交通機関のバスは止まる程の積雪になった。

夕方、電話が突然鳴る 
娘の輸血を依頼する病院からの知らせだ。
交通機関のマヒを知らぬまま、支度を整え出かけた妻は
バスが来ないことも知らず、ただ待ちつづけて時間だけが過ぎた。
とその時を思い出して話す。

その時、たまたま通りかかった四輪駆動の車の方に
教えてもらったそう。
「バスを待っていても、この雪できませんよ」と。
その人にすがる思いで、妻は自分の娘に輸血が必要で
病院に行かなくてはいけないことを話したらしい。
心やさしいその人は、わざわざ妻を病院まで送り届けて
下さったそうだ。

そうして頂いたご恩で輸血は間に合った。
しかしそのあと、みんなの思いも届かず娘は空に帰った。
その人はどこのどなたかわからぬまま20年という歳月が流れた。
それでも、この間のような大雪の時には、ふとそのことを思い出して
妻と共に人の恩に感謝し、人との温かさを思う。

「恩」と言う字は「口」と「大」と「心」から成っている。
「口」は環境 「大」は人が手足を伸ばしている様。何のおかげで
手足を伸ばしておられるのか、と思う心が“恩を知る”ということだ。
と安岡正篤師の言葉を思い出す。

娘が空に帰るまえに残してくれたのは、
人の恩に感謝する心だったのかもしれない。
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by sasunsasun | 2008-02-13 14:34 | Comments(0)

「日本人の心」


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日本人とはどんな人なんだろう?
日本の心とはどんな心なんだろう?

自分が日本人でありながら、その言葉を
そこかしこで使う割に、本当の意味で
じっくり考えたことがなかった。

日本と言う国
なぜ日本と言われるのか。
日いづる国 つまり太陽の登る国だけなのか?

おかあさん、おとうさん
父母をそう呼ぶ、子供が出来たら
伴侶をそう呼び合う
主人が妻のことをうちのカミ(日身)さんという。

それでは、なぜ おかあさんと言うのか?
かかさん、かかさま の 「か」
その「か」は カミさんの「カ」=「日」
そうつまり太陽のことを指すなんて考えもしなかった。

母親は私たちを生み育て、太陽のような恵みの力で
私たちの世話をしてくれる。

「日の本の人」つまり太陽を基本にして生きる人として
教育されてきた。社会で家庭でいつも太陽との親和力を
無くさないよう、太陽に感謝して太陽のように丸く、明るく
みんな仲良くやろうよ、それが日本人の原点。

「こんにちは」、「さようなら」
普段なにげなく使う言葉
では、その言葉の由来は?

「今日は」の今日は今日の日=太陽、お元気ですか
「左様なら」それならば、ご機嫌よう
本当に掘り下げて考えたこともなかった、
挨拶の言葉ひとつにも太陽との関係をみる。

元旦、御来光に手を合わせる人は多い。
年の始めを、日の出に感じて一年の思いを祈る。
昔は毎日日が昇るたびに人々は手を合わせたのだろうか。
昔ならなおさら、太陽がなければ生活は成り立たないと感じるだろう
大地、自然があればこそ生活の糧も手に入る、先祖がいるからこそ
自分たちがいる。

太陽に、大地に、先祖に、全てに感謝する心。
日本の心は感謝する心なのだと知ると納得してしまう。
しかしながら、太陽に感謝しても大地に感謝しても
何の得にもならない、感謝して得をするのは実は
あなたひとりであることを忘れてはいけない。

そんな日本の心につてい書かれた
境野 勝悟(さかいの かつのり)氏の著書
「日本のこころの教育」
読み終わって感激のあまり涙が出て止まりません。
私立花巻東高等学校の学生七百人が聞き入った講演録。

アメリカの真似ばかりをしてきた戦後。
他所の国のいいところは真似ればいい。

だが、日本のいい所まで忘れ去ってはいけない。
世の中これだけグローバル化が進み海外との
接点は多くなるばかり。

そんな時、他国の人に日本とはどういう国?
と聞かれて答えられないのは恥ずかしい。

日本と言う国をしっかり知って、日本人であることを
誇りに思い、そのことに感謝し、私たち大人が子供たちに
しっかり伝えていかなければいけないことが書かれています。

日本のことを本当に知っている人以外は
全ての大人が一読する価値があると思う一冊です。
是非!
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by sasunsasun | 2008-02-12 12:33 | Comments(0)

「縁を生かす」

「縁を生かす」

その先生が五年の担任になった時
一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。
中間記録に先生は少年の悪い所ばかり、
記入するようになっていた。

ある時、少年の一年生からの記録が
目に留まった。「朗らかで友達が好きで、
人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。

二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、
時々遅刻する」と書かれていた。
三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れて教室で
居眠りする」とあり、四年生になると「父は生きる意欲を
失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」

先生の胸に激しい痛みが走った。だめだと決めつけていた子が
突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に
立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれる瞬間であった。

放課後、先生は少年に声をかけた「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
あなたも勉強をしていかないか?分からないところは教えてあげるから」
少年は初めて笑顔をみせた。

それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年がはじめて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

クリスマスの午後だった。少年は小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていた
ものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、きがつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」
六年生では先生は少年の担当をではなくなった。

卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で
一番素晴らしい先生でした」

それから六年後。またカードが届いた。
「巣は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、
とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」

十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた経験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生のことを思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくだっさった先生を、神様のように感じます。大人になり、
医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくだっさった
先生です」

そして、一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。

たった一年間の担任の先生との縁に少年は無限の光を見出し、
それを拠り所として、それからの人生を生きた。ここにこの少年の
素晴らしさがある。

人は誰でも無数の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、
人はその人生を開花させていく。大事なのは、与えられた縁を
どう生かすかである。

致知出版社長
藤尾秀昭氏著

「小さな人生論」より
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by sasunsasun | 2008-02-05 18:01 | Comments(0)