出水兵児修養掟
2008年 06月 04日
をご存知だろうか?
私は恥ずかしながら、まったくその存在も意味もしらなかった。
鹿児島にお世話になった学校の先生がいらっしゃって
その方に教えて頂いた「出水兵児修養掟」
出水をでみずと読んだほど知識がなく、お恥ずかしい限りです。
鹿児島県出水市、昔の薩摩藩。
出水兵児修養掟は、江戸時代後期に、
その頃の青少年をたくましく育てるために
作られたと言われてます。
出水兵児修養掟(いずみへこ しゅうよう(の)おきて)
士は節義を嗜み申すべく候。節義の嗜みと申すものは…
口に偽りを言わず
身に私を構えず、
心直(すなお)にして作法乱れず、
礼儀正しくして上に諂(へつら)わず
下を侮(あなど)らず
人の患難(かんなん)を見捨てず、
己が約諾(やくだく)を違えず、
甲斐甲斐しく頼母(たのも)しく、
苟且(かりそめ)にも下様(しもざま)の賎しき物語り悪口など話の端にも出さず
譬(たとえ)恥を知りて首刎ねらるるとも、己が為すまじき事をせず、
死すべき場を一足も引かず、其心鐵石(てっせき)の如く、
又温和慈愛にして、
物の哀れを知り
人に情けある
…を以て節義の嗜みと申すもの也。
(口語訳)
出水の青少年健全育成の方針
人は日頃から節義を心がけなければならない。
節義の心がけとは,嘘を言わず,自分勝手でなく,ひねくれず,
立居ふるまい挨拶など社会のきまりに合った交際上の動作や作法
を身に付け,地位の高い人に気に入られようとしてこびることなく,
地位の低い人を見下げてばかにすることなく,他人の災難や心配ごと
などを見捨てず,引き受けた事はやりとおし,勢いよく労を惜しまず,
手ぎわよく,はっきりした態度で物事を行ない,頼みにできるさまで
あること。
一時的であっても卑しい様子やふるまいについて語り合ったり人を悪く
いうことなど会話のちょっとした部分にも出さず,たとえ面目を失い名誉
を傷つけられて職を失うことになっても,自分がすべきでないことはせず
決死の覚悟を決めた時には気おくれせず,その精神は強固でやさしく
深い愛情があり,情趣・風流を理解する洗練された心と思いやりのある
温かい心を持つことを節義の心がけと言う。
内容は、武士の心構えを表したものですが、
今の世の中でも人としての生きる心構えの
教えとしての傑作といわれ、多くの人に親しまれているのだそうです。
薩摩藩では子弟たちを郷中教育(ごうじゅうきょういく)で
心身を鍛え、郷土の先輩たちの手により独特の学風や士風が醸成され、
伝統として受け継がれ、県下に名だたる”出水兵児”たちを育んできました。
時代は変わりましたが、この掟の「士」を「人」に置き換えてみると
現在でもなお、生き生きとした処世の道を示してるようです。
最近の心が痛むニュースに触れるにつけ
私たち大人が襟をただし、子供たちに伝えなければならないことを
今一度見直す時に来ているのかも知れないと思うのです。
子供たちは大人の背中を良く見ています。
大人がいいかげんなことをするから、子供にちゃんと言えない。
でも、考えてみると大人も子供のころがあり、その時に大事なことを
ちゃんと教えてもらってきたら子供に物言える大人になっているはず。
教育は100年の計と言われるように、一朝一夕ではならないものかもしれません。
しかし、どこかで大事なことを伝えることを始めないとなにも変わらない。
人としてあるべき姿を伝えていくこと、それは子から孫へと伝わっていくなら
子供たちがやがて大人になった時に、日本の将来に一筋の光がさす
唯一の方法のように思えてならないのです。
人に勧めることはおこがましくても、自分が一歩を踏み出すことは自分で決めることが出来る。
せめて、自分の子供にはちゃんと伝えていかなくてはいけない
そして、自分自身が襟を正さないといけない、そう思ったのでした。
by sasunsasun
| 2008-06-04 17:58